月刊「もん」第5回目

                   
― 笑満
(エマ)が私たちと出会った理由(わけ) ―

サンフランシスコを出発して10時間以上の長旅の疲れか、それとも機内食が美味しくなかったのが不満だったのか、1年2ヶ月ぶりに日本に降り立った笑満は非常に不機嫌。おじいちゃんの出迎えにもソッポを向いて一言も話しません。おじいちゃんは、「まぁ、1年も会っとらんと忘れてまうわなぁ〜」といいながらも目が悲しそう。しかし、そんな不機嫌に終止符を打ったのはマクドナルドでした。私が名古屋市内に散在するMのマークの一つを指差し「笑満、あれなあ〜に?」と問えば「マ、マッ、マック〜!」とすばやく反応。駐車場に降り立つやいなやポッポと白い息を吐きながら、それまで全く口を利かなかったおじいちゃんの手を強引に引きずってレストランへ飛び込んで行ったのでした。

笑満の不機嫌はマックの魔法であっけなくかき消され一件落着。岐阜に戻った次の日には、乳幼児ホームまりあの盛大な歓迎を受け凱旋しました。当の本人は、何でこんなに待遇が良いのか判らずちょっと困惑気味な様子。笑満にはもう小さくなりすぎた椅子に座って、「まりあ」で生活していた時のように他の子達と一緒に美味しそうにお昼ご飯を食べていました。そんな姿をみると、「本当に連れて帰ることができて良かった」と感慨に慕っていた時、不覚にもスタッフにそれを感じとられ、「青木さん、もう一人連れて帰ってあげてください…」。

そう言われて、保育士に抱かれてきた赤ちゃんは、母親が養子に出すことに積極的だと言います。笑満と出会ったときと同じ生後4ヶ月の女の子でした。もう私たちがお願いしないでも、「抱いてあげてください」と言われ、妻は、笑満のぬくもりを初めて感じた時のことを懐かしむように抱いていました。でも、私はこの子を抱いたことによって情が移ってしまうような気がして抱くことはしませんでした。

初対面と笑顔が授けた硬い決心
スタッフに「エマです」と紹介された赤ちゃんは丸々とした手足を元気に動かし大きな目をクリクリさせながらやってきました。妻は、愛くるしい目で満面に笑みを浮かべた元気な赤ちゃんを抱きながら、とても不思議そうに「この子にもハンディキャップはあるのですか?」と聞いたとき、スタッフの方が、「この子のハンディキャップは…」「外国人とのハーフであることです」
私と妻は、顔を見合せ言葉に詰まってしまいました。私達には、なぜハーフであることがハンディなのか全く理解できなかったからです。それは都会ではまだしも、岐阜のような田舎ではまだまだ受け入れられない事実のようです。ハーフであるために将来里親が見つかるとは考えにくい、養護施設から学校へ通うようになると、彼女の境遇とハーフという容姿からイジメに会うことは目に見えている。将来こういった困難がめぐって来るであろうことを半信半疑で事実を受け止めたものの、私達はとても憤りを感じたのを覚えています。

私たちがそんな話をしている間も、エマは純真な笑顔を私たちに放っていました。ずっと抱いていた妻が、「私もこの子の笑顔をしっかり見たいと」云い、私にエマを抱くようせがみました。実を言うと、私は赤ちゃんを抱いた経験などほとんど無く、正直なところ苦手でした。しかし、エマは私にすんなり抱かれ、それどころか、ぎこちなく抱いている私に対して、それまでで一番大きなスマイルを投げかけたのです。そんないっぱいの笑顔が後に「笑満」という漢字になった由来なのです。

私達が、エマに出会ったとき、まだ彼女は養子の対象ではありませんでした。しかし、私達の心の中では、まったく何の根拠もないのに「この子は我々が必ず迎えに来る」と、そう硬く決心し、その場で連れて帰りたい思いをトランクにしまい込み、翌日サンフランシスコへ向けて出発しました。



青木信哉
Aoki USA, Inc. 代表 & 翻訳家
今までの連載は、www.aoki-usa.com で読むことができます。