桜の季節は旅立ちの季節ですね。笑満と同じ頃入所していた“まりあ”の赤ちゃんたちも、次の施設へ移動する時期になりました。そして、今年は私たちと親交の深かった先生や職員の多くが新しい目標に向かって出発します。私たちが笑満とサンフランシスコに来て以来、育児で悩んでいた時にスタッフから届く心のサポートには幾度も勇気を貰いました。3歳になった笑満は自我も芽生え始め、時折ビックリするほどの成長ぶりを見せてくれる半面、天使のように寝ている時以外は幼いテロリストと同居しているようなもの。そんな時に“まりあ”から届くメッセージは、深呼吸をし忘れた私たちに「肩に力が入いりすぎているよ」と呟きます。先日もこんなメールを頂きました。
エマちゃんの今の様子は、あのカンフーみたいな写真で伝わってきましたよ。なかなか強そうですね。 「大人の方が大人じゃない」まさにその通りです。こうして“まりあ”のスタッフに助けられた1年半でしたが、これからは私たちも親として自立しなくてはなりません。 笑満ちゃんいつ来るの? 笑満が生まれた時の経緯は非常に複雑でした。したがって、養子縁組を始める前にクリアーすべき問題が多くその処理に時間が費やされました。手厚い保護の中で生活しているのは十分判っているけれど、生まれて一年にも満たない彼女の身の上に起こっていることは大人の身勝手から始まったこと。無邪気に遊んでいる笑満の笑顔を想像するにつれ、いとおしくて一刻も早く家族の環の中に迎えたい気持が日に日に募るばかりでした。 そんな辛い時期でしたが嬉しいニュースもありました。笑満と別れて三ヵ月後の9月でした。2月に生まれた笑満にやっと戸籍がとれることになった時、子供相談所から“まりあ”に連絡がありました。「エマちゃんは青木さんの子供になる為に生まれたのだから、青木夫妻に名前をつけてもらってください」という知らせは涙が出るほど嬉しい心遣いでした。でもその頃の私たちには他の名前を考える気持はありませんでした。実のお母さんから貰ったエマという名を“母からの唯一のメッセージ”として伝えてあげたかったからです。私たちに始めて出会ったときの笑顔を忘れず“笑みに満ちた人生を歩んで欲しい”と願をこめて、私たちは『笑満』という漢字を選ばせてもらいました。
青木信哉 Aoki USA, Inc. 代表 & 翻訳家 今までの連載は、www.aoki-usa.com で読むことができます。 |
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