“ボクは生まれたかった。ママに抱かれたかった。パパにも会いたかった。”これは私が以前読んだ人工中絶に関する記事にあった母親の体内から取り出されたマーク君という胎児の悲痛な叫びを代弁したものです。熊本の病院で「赤ちゃんポスト」の設置が決まったというニュースが流れた時この記事を思い出しました。人工中絶には賛否両論有りますが、母親には深い心の傷が残り(…そう信じたい)、胎児は生きる権利を奪われてしまうことは紛れもない事実です。以前の私だったら、「生まれてどこかに捨てられたりするよりは、何も判らないうちに消滅したほうが幸せ」という考えでした。望まれない妊娠をしたとき、それでも生むのが良いのか、それとも中絶すべきなのか、どちらが正しい選択なのかは誰にも結論は出せません。しかし、今こうして笑満が産まれてきてくれたお陰で私たちが幸せであることを考える時、妻も私も笑満の母親に感謝の気持ちでいっぱいです。もちろん親として養育の放棄はあってはならないことなのですが、一つの命が助かる選択があるのであれば人間としてどちらを選ぶか…、選択の余地はそれでもあるのでしょうか。 笑満と再会の日 − パパとママが迎えに来たよ − “明日には笑満に会える”そんな思いで乗り込んだ29日のユナイテッド便、逸る気持ちがいつもより長く時間がかかったように感じさせたフライトは30日夕刻、中部国際空港に到着しました。そして大晦日、私たちは今度こそ笑満を迎えに来ました。 “まりあ”に到着し、先ずは事務室で挨拶をすると、笑満を担当している若い保育士さんが、この6ヵ月間の成長ぶりを手作りのアルバムを見せながら語ってくれました。待っていた半年間で私たちは既に笑満の両親になっていた気分だったので、アルバムに綴られた私たちの知らないたくさんの出来事に嫉妬を感じている自分自身に気付きました。 初めて対面したときはまだ何もわからない4ヶ月の赤ちゃんで抱いてくれる人には人懐っこく愛嬌を振りまいた笑満も生後10ヵ月ともなると人見知りが始まり、“まりあ”の職員でさえ見慣れないスタッフには警戒するようになっているということで、「最初はちょっと遠くから見てあげて下さい」と言われ、ヨチヨチ組の部屋へと向いました。妻も私も半年ぶりに恋人に再会するかのように心臓をドキドキさせながら入口の窓越しからそっと覗くと、40畳くらいはある広々とした明るい部屋で7〜8人の幼児の中からオモチャと戯れている笑満をみつけました。サンフランシスコから私たちが送ったぬいぐるみのブレスレットと”My First Christmas”と書かれたよだれ掛けをして、他の子たちよりチョッとだけおめかしをさせてもらっています。笑満の元へ跳んでいって抱き寄せたい、そんな衝動を抑えるのが何故か心地よい苦痛でした。 「そろそろ入りましょうか」そう促されて笑満に近づくと、初対面の時のような丸々としたベビーファットはなくなっていましたが、クリクリした大きな目で私たちを不思議そうに見つめたあと保育士さんにしがみついてしまいました。私たちは壊れやすい美術作品を遠くから鑑賞するように笑満の動きを見守りました。
青木信哉 Aoki USA, Inc. 代表 & 翻訳家 今までの連載は、www.aoki-usa.com で読むことができます。 |