Aoki USA, Inc.
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ウエディング・コーディネーター奮闘記



■ 第三話 「手紙」 (4月18日掲載) ■

私達も仕事柄、多くの結婚式を扱い、多くのNewly Wed(新郎、新婦)を送り出しました。その中には、国際結婚やお仕事の関係で、日本とアメリカの両方で挙式された方も多くいらっしゃいます。そして今回のRoyさんとユミコさんの場合は、三度、Royさんの御両親が住むインドネシア、ユミコさんの御両親が住む日本、お二人が現在生活されているサンフランシスコでお披露目をされました。
今回は、コーディネーターの奮闘記ではなく、日本、アメリカ、インドネシアの三カ国に渡って、結婚式をされた親孝行なお二人の奮闘記を、お二人が結婚式を終えて落ち着いた後、私共へ寄せて頂いたお手紙でご紹介いたしましょう。また、Royさんからの英語のコメントは英語版の方でご覧頂けます。

結婚と一口で言っても結婚に馳せる思いというのは人それぞれに違うと思います。或る人は結婚式を人生最大のイベントとして受けとめ、時間をかけて式の隅々に至るまで拘りたいと思うだろうし、また或る人はシンプルなスタイルを好むかもしれない。そんな人それぞれのスタイルの中で私たちの結婚式に対する思いというのはとりわけ淡泊だったと思います。

しかしながらそんな私たちが人生に一度であるはずの晴れ舞台を三ヶ国に渡り三度も披露してしまったのです。その理由は彼の両親、私の両親、そして私たち夫婦が皆、それぞれ別の国で暮らしているからです。夫の両親はインドネシア、私の両親は日本、そして私たちはここサンフランシスコに住んでいます。 日本での式は私の両親の願望により、婚約披露宴と題して昨年の五月に友人を主に招いて行われました。しかしケーキカットを除いただけで結婚式とは何一つ変わらない形でした。そして二回目はサンフランシスコで、夫の会社関係の方達を主に招いて昨年の十二月に行われました。この式の際に私たちは初めて籍を入れまして、晴れて夫婦となりました。またこの式では全般に渡りAOKIさんのお世話なりました。 そして三回目の式は夫の両親の願望によりインドネシアに於いて、昨年の十二月(サンフランシスコでの式より一週間後)に行われました。

一年の内に三ヶ国に於いて三度も式を挙げるなんてカップルはそうそういない事でしょう。夫の感想はわかりませんが、正直なところ私はどの式でも緊張せず、ただ疲れたなぁと思いました。最近はようやく普段の生活を取り戻して、結婚式のビデオを改めて見ていると今になって感動が湧いてきて思わず目頭が熱くなったりもします。

先ほども述べたように、私たちにとってのメインの式はサンフランシスコでの式と思っています。何故かと言うとこの式の時に入籍をしたし、何よりも自分たちの手で一つ一つ時間をかけて作り上げたからです。今、カレンダーを見て振り返ってみるとAOKIさんと会う様になったのは昨年の九月からでした。
当初の私の考えは、ドレスから式場まで全てセットになっていて(つまりは日本によくあるスタイル)、物事は全てに於いて義務的に進められて行くだろうと思っていました。
しかしそんな考えは甘かったのです。何から何までひとつずつ、例えばドレスはダウンタウンの○○の店で、お花は○○さんの店で、という様に場所もお店もばらばら。しかもカメラマンやビデオグラファーに至ってまでもチョイスがいくつもあり、私たちの頭はもうクラクラしてしまいました。
結婚式に強い思い入れのある人ならばこの上ない喜びでしょう。しかし無精者の私たちにとっては大変な事でした。
日本とインドネシアの式はそれぞれの両親が全てを手配していてくれて、私たちは借りてこられた俳優、女優のように舞台の上ですわっていれば良かったのです。特に日本の式場はとにかく良く揃っていて、何から何まで式場の中で全てが手配できるようになっていて、良く言えば便利、悪く言えば味気ないという感じでした。
AOKIさんと会う時、いつもAOKIさんは沢山の資料や写真を持ってきてくれて、パタパタと忙しく動き回ってくれるのですが、私たちはいつも簡単に、ほぼ三分とかからぬ内に決めてしまうのでAOKIさんは何回も「本当にこれでいいの?」と私たちに聞いてくれました。何回このセリフをAOKIさんに言わせた事でしょうか?今となっては楽しい思いでの一つです。
サンフランシスコの式が他の二つの式と違うのは、ただ単に私たちが手をかけたというだけでなく、何よりも一番充実した、という点にあります。サンフランシスコの式に参加していただいたほとんどの皆さんが楽しかったと言ってくれたのです。ビデオで改めて見ても、退屈そうな人は誰もおらず、皆が式に参加して楽しんでいる、という感じに見えました。これも司会の上手さとAOKIさんの用意してくれたゲームのおかげだと思っています。
この慌ただしかった日々に中で、唯一この式だけはリラックスして楽しい時を過ごせたなぁと思います。もちろん式の後は疲れきっていたけれど、他の式の時の疲れ方とは違っていて充実感がありました。

これから結婚を考えている皆さん、もし自分の強い願望があるのならばAOKIさんを薦めます。AOKIさんに自分の結婚に対する拘りなどを伝えれば、式は無限の組み合わせによって、それぞれの人に合った個性的なものになると思います。無精者の私たちにとってはもちろん大変でしたが、それでも最高の思い出として胸に残すことが出来たのはAOKIさんのおかげだと思っています。それになによりも、義務的にではなく親身になって私たちの式をサポートしてくれたAOKIさんに深く感謝しております。 (第三話終わり)




■ 第二話 「円形脱毛症とピンクのバラ」 (12月9日掲載) ■

8月のある日、当社の電話が鳴った。
「はい、オリジナルウエディングのAoki USA, Inc.です。」
(ちょっと暗い声)「あのう・・そちらでオリジナルウエディングを手伝っていただけると聞いたんですが・・」
(私、元気良く)「はい、その通りです。 どんなことでもご相談に乗ります。」
「あまり時間がないんですが・・2カ月くらいしか」
(私、ちょっと不安になるが気を取り直して)「とにかく今までの準備の状況とご希望についてお話しいただけませんか?」

洋子さん(仮名)は自分の想いが叶えられない悔しさで円形脱毛症になるほどの落ち込みようでした。 彼女はサンフランシスコで住んだ経験があって、是非ここで自分たちの新しい門出にふさわしいウエディングを挙げたいと思っていたんです。 半年前に日本に本社のあるW社に申し込み、いろいろとウエディングプランについて希望を出していたそうですが、式の日を2カ月後に控えてW社から送られてきたプランはお決まりのA、B、Cのうちどれが良いか選んで欲しいというものでした。
新郎となる彼にも無理を言ってわざわざサンフランシスコでの結婚式をすることにしたので、なおさら八方ふさがりの状況に陥ってしまって毎日一人で悩んでいたというのです。
「何とかしてあげたい。」という気持ちで当日まで夢中でした。 残された時間でどれだけのことが出来るか、なんて考える余裕すらなかったですよ。

洋子さんの希望というのはまず、ドレス。 雑誌で見たお気に入りのスタイルをテーラーメイドにしました。 もちろんベールもドレスにあったものをオーダーメード。 時間がなかったのでスタッフに無理を言って特別優先にしてもらいました。 

教会は宗教的な理由もあってあまり自由には選べないんですが、「クラシックな暖炉のある教会が良い」という彼女の希望とたまたまピッタリ合うところがあったのですんなりとそこに決定。

レセプション会場は「中華料理店」がご希望でした。 サンフランシスコはおいしい中華料理店が多いですし、ゲストの方どなたにもお好きなものを楽しんでいただけるという点が他の料理にはないメリットですね。 ダウンタウンにある五つ星レストランをお奨めしましたら彼女は大満足の様子。

「ブーケはドレスにあったシンプルでかわいいもの」ということでそのイメージの写真を花屋さんに作ってもらいました。

「髪に付ける花とメークは豪華にしたい」ということで事前に美容室でドレスの試着をかねてメークのリハーサルもしてもらいました。 シンプルなドレスと豪華なメーク、ピンクのバラの髪飾りの組み合わせは想像以上に素敵。 でも何よりその場でじっと見守っていた彼の「うん、綺麗だ」という一言で全てOKになったみたいです。 この彼、いろいろと厳しくて普段なかなか「良い」って言わないんですって。

このリハーサルが終わる頃、洋子さんにもやっと気持ちの余裕が出てきたみたいで、最初「いらない」と言っていたフォトグラファーやビデオグラファーも「やっぱり記念になるから撮って欲しい」って言ってくれて。 この時は彼女の喜びが私にも実感として伝わってきましたね、「ああ、頑張った甲斐があったなぁ」って。 

とにかく、この2カ月の間に私たちの間で交わされたファックスは26枚、国際電話は約1時間。 このファックスでやりとりされた内容も私にとっては大切な思い出になりました。
気になる円形脱毛症は結婚式当日にはすっかり直って、彼女の髪にはピンクのバラの髪飾りが輝いてました。  (第二話終わり)



美子さん(仮名)の花嫁衣装のご希望は「とにかく一生に一回のことだからドーンと派手にやりたい。」とのこと。 さっそくヘアメイクデザイナーで、私が最も頼りにしているToshiに相談しました。 派手な演出に関しては彼の右に出るものはちょっといない、と常々思っていましたからね。 案の定Toshiは目を輝かせて「私に任せて!」と一言。

大船に乗ったつもりで迎えた結婚式当日、その花嫁姿を見た私はちょっとびっくり。 「ここまでやるか?」っていうのが正直な第一印象でした。 花嫁さんも自分で言い出したからにはもう後にも引けない、でも・・。 ヘアメイクが終わって、さあこれから披露宴に向かおうとしたとき美子さんは私にそっと耳打ちをしたんです。 「私って北京オペラの歌手みたいじゃありません? みんな笑わないかしら・・」 このとき私は正直、返事に困りましたが「大丈夫。 とっても綺麗よ。」と励ましてあげたんです。 この時はただ「ここで花嫁さんを不安にさせてはいけない」という気持ちでいっぱいでした。 ホントは自分自身迷いもありましたが・・。 

とにかく自分のスタッフを信用することの大切さをこのときぐらい強く感じたことはなかったですね。 実際に披露宴会場に入り、大きな花や、きらびやかな大道具、小道具に囲まれ、スポットライトを浴びた花嫁の姿は豪華絢爛そのもの。 それを見たとき私は「やったぁ!」と心の中で叫びました。 ゲストの方々のみならず、新郎さえもその美しさに溜息をもらしたんですから。 花嫁さんも大喜びで最初の不安なんかどっかへ忘れてしまってたみたい。 わたしの隣でToshiは「もっと派手にした方がよかったかなぁ」と冷静そのもの。 とにかくこれは私にとっても忘れられない思い出になりました。  (第一話終わり)